荒れ果てた農地を3年かけて再生。
先住民が残した土地に、蕎麦タネという「夢」を蒔く
通常のお蕎麦よりも100倍のルチンが含まれている韃靼(だったん)そばをご存じだろうか。北海道雄武町の株式会社神門(じんもん)は、この韃靼そばの作付面積が日本一!
その株式会社神門、代表取締役社長の石井弘道さんに「韃靼そば」にかける思いを聞いた。
―――韃靼そばは、まだまだ知る人ぞ知るお蕎麦だと思うのですが、通常のお蕎麦と何が違うんですか?
石井 韃靼そばのそば粉には、普通のそば粉の約100倍のルチンが含まれているんです。ルチンは毛細血管を強くする作用や、弾力がなくなり破れやすくなった血管を修復する作用があります。もちろん血圧を下げる作用もあります。つまりルチンは「脳卒中」「高血圧」「動脈硬化」「コレストロール抑制」などの効果が期待されております。またマグネシウム、カリウム、鉄といったミネラルも豊富に含まれております。
―――こんなに栄養価が高い韃靼そばですが、知名度はそこまで高くないかと思います。
石井 実は韃靼そばには強烈な苦みがあるんです。その苦みの元は、ルチンが分解される時に生成されるケルセチンという物質だと言われています。ただその苦みを解決することができ、商品化できたんです。私が役所時代に韃靼そばの苦みを取る研究をしている国の機関の人に出会いまして。たまたま私が会社を立ち上げる辺りで国の機関が、苦みが少なく韃靼そばの特性を持つ種子が開発しました。その韃靼そばが「満天きらり」です。通常のお蕎麦同様に美味しく頂くことができ、100倍のルチンの栄養を取り入れることができるという最高級のお蕎麦なんです。高齢者の方にもお薦めできるお蕎麦になっています。
―――なぜ韃靼そばを作るために会社を立ち上げたのですか?
石井 元々、私は雄武町の役場職員だったんです。産業振興課で農業、水産加工業を担当していまして。農業を行っていた上幌内集落が、2006年を最後に、集落から人がいなくなったんです。15年も人がいないと、その結果、土地は荒れ果ててしまい、農業どころではありませんでした。「先人達が切り開いた土地を消滅集落にしてはいけない。次の子供達の世代のためにもなんとかしなきゃいかん」ということで、再生プロジェクトが始まりました。しばらくして私は役所を退所し、株式会社神門を立ち上げました。会社名は、上幌内集落の奥に行ったところに神門の滝という滝がありまして、その滝の名前から取りました。その滝の水は、元々は名寄市や下川町と境をなす秀峰「ピヤシリ山」を源とした水です。その水が、滝を作り、幌内川を作り、上幌内集落に水をもたらしたことで農業が発展しました。神門の滝から流れ出る水達はとても大事な存在なんです。
―――どれくらいの期間で荒れた土地を農地に戻したんですか?
石井 結局、再生には3年間かかりました。雄武町の力を借りながら、農林水産省の補助事業を活用して、再生に着手したんです。2013年に着手し、2015年末までに約150haの農用地を再生しました。荒れた土地を通常の農地に戻す作業には大変苦労しました。今では韃靼そばの作付面積が日本一の生産拠点となっております。2016年5月には「第8回耕作放棄発生防止・解消活動表彰」において農林水産大臣賞を受賞しております。
―――俗に言うと、150haは東京ドーム約32個分の土地です。これを農地に戻す作業は相当大変です。知識もないといけない。元々、雄武町役場でも農業のお手伝いをしていたんですか?
石井 いやいや役所には技術職で入所しました。土木系の技術屋といいますか。土木河川、都市計画など、小さい町ですから何でもやらなきゃいけない。たまたま水道の事業だとか、下水道の事業だとかの事業がひと段落した後、農業部門でダム建設があったんです。
―――本当になんでもやるんですね(笑)。
石井 そうなんですよ。それでたまたま農業の部門で、上幌内集落についても知りました。
―――雄武町(地元)愛が強い証拠ですね。
話は変わりますが、韃靼そば「満天きらり」の他に商品はありますか?
石井 雄武町産利尻昆布と鮭節を使用した、深いダシの効いたまろやかな甘みと旨味の「濃縮つゆ」があります。お蕎麦だけでなく天ぷらをつけても美味しく召し上がれます。
原料に韃靼そばの新品種「満天きらり」を使用した高ルチンのそば茶もあります。2016年には農林水産大臣賞を受賞しました。
その他、自社で焙煎した韃靼そばを使用しており香ばしさが特徴の焼酎はお薦めです。新品種「満天きらり」と、北海道有数の豪雪地区ニセコ山系の雪清水と米と米麹で仕込んだ、香ばしい香りと飲み飽きないスッキリとした味わいです。
―――最後に今後の展望を教えてください。
石井 韃靼そば自体、まだまだ認知されていない人も多いかと思います。首都圏のデパートやお店にも置いて頂きたいんですが、中々、そこまで販路開拓ができていないのが現状です。この辺りは、もっと努力して販路を広げていきたいと考えています。栄養価も高く、高血圧予防にもなりますので、高齢者施設様にもご利用頂けると嬉しいです。韃靼そば茶の原料は、有機JAS認証を取っています。有機JAS認証は、農薬や化学肥料などの化学物質に頼らないことを基本として自然界の力で生産された食品を表しています。
ASIAGAPという、GFSI(Global Food Safty Initiative)から承認を受けた食品安全、環境保全などのGAP認証制度を2020年に取得することができました。ですので、海外の人達も安心して韃靼そば茶を購入できる環境も整ってきました。近い将来的には海外も視野に販売したいと思っています。それと、北海道雄武町にもたくさんの人が訪れてほしいですので、お蕎麦を食べられるスペースや直売所を作っていこうとも考えております。