草津本白根山の噴火(2018年1月23日)の際、群馬県草津町の迅速な対応により大きな混乱は避けられた。もちろん噴火地点から草津温泉街からまでは5キロ以上離れており、町自体に直接的な影響を及ぼさなかったということもある。ただ災害時に冷静かつ迅速な対応ができたのも、以前から災害に備える“準備力”があったからだ。災害時のインバウンド対応など、旅館「草津温泉 望雲」の代表で、草津温泉旅館協同組合 理事長の黒岩裕喜男さんにお話を伺った。
観光地の防災は“迅速な対応”と“日頃の備え”がポイント
―――噴火時の温泉街はどのような状況でしたか?
黒岩 草津の温泉街では噴火の音も聞こえませんでしたし、「噴火した」と言われなければ気づかないくらいでした。私は、午前11時からの商工会の会議に向かうため、温泉街を歩いている途中に、噴火の事実を知らされ、山のほうを見たら煙が上がっていたので気づいたくらいです。当初はそれほど大きな噴火ではないだろうと考えていたのですが、会議の途中、お昼過ぎくらいから新聞社などマスコミから電話が入り始めて。これは「たいへんなことだ!」とわかり、観光協会長、商工会長と一緒に役場に直行しました。その時にはすでに対策本部が立ち上がっており、消防団を招集して、わかる範囲の情報を集めて伝達し、現場で待機するという段取りが素早く取られているところでした。
今回、とにかく町長の判断が早かったことで、対応が後手にまわることがなかったです。マスコミ対策も噴火の5時間後の午後3時には、「噴火に関する取材を受けた場合には、町役場に聞いてください」という情報発信一元化の流れもできました。大きな混乱はまったくありませんでした。年に1回は防災会議を行っていますし、数回は白根山の駐車場から噴火の際にシェルターに誘導する訓練も行っています。
ちょうど春節の時期でしたから、中国・台湾・香港のお客様が多く、スキーを楽しんでおられる中、たまたま噴火に遭遇した台湾のお客様が噴火時の動画をウェブ上に公開したことで「大丈夫なのか?」というお問い合わせを多数いただきました。この映像をテレビで見た方も多かったのではないでしょうか。実は次の日、映像を公開した台湾のお客様は、安全なゲレンデを教えてもらい、再び草津国際スキー場(現 草津温泉スキー場)でスキーを楽しんで帰られたようです。
――――災害が起こると、その後の観光客への影響も心配されるところですが。
黒岩 次の日の1月24日、町長が「今回の水蒸気爆発は草津温泉街からは5キロ以上離れているので問題ない」という公式文書を発表しました。旅館組合では、旅行会社やOTA、日ごろお付き合いのある方々にこの文書を配信しました。この公式文書に関しても、とにかく対応が早かった。災害時は、対応の迅速さと正確で説得力のある情報の発信がキーになってくるかと思います。メディアに対し情報の一元化ができていないと、情報が錯綜し、混乱を招く可能性もありますから。「噴火に関しての情報は町からしか発表しない」ということを組合員に徹底したおかげで、誰に状況を尋ねても同じ情報が返ってくるということになりました。メディア対応は本当に重要になってくると思います。
また町長の公式文書を4ケ国語に翻訳し、ウェブに公開しました。それが効果を発揮したのか、インバウンド観光客のキャンセルは少なかったです。日本人よりもインバウンド観光客のほうが戻りが早かったのは本当に驚きでしたね。多言語の情報はウェブで発信するのが一番早く伝わるようで、これからも多言語ウェブ展開は注力していきたいと思っています。
最近、旅行会社さんが口を揃えて言うのが、日本人の国内旅行市場が縮小しており、1割以上落ち込んでいるエリアも少なくないということです。さらに、「人生100歳時代」という言葉が出てきたことにより、年配の方の買い控えが始まっているという話も聞いています。そう考えると、観光業がインバウンドを増やしていくのは当然なことなんです。今後、草津も海外の人に選ばれる観光地になっていかなければならないと思っています。
旅館組合としては、インバウンドも含めたすべてのお客様に無事に帰っていただくことを使命と考えています。
アプリやチャットボットで5言語対応!防災マニュアルの共有も
――――草津温泉としてインバウンド対策はどのようなことを行っていますか?
黒岩 以前は草津も知名度がなかったので、オーストラリア、ハワイ、香港、台湾、シンガポールなどのトラベルフェアに出展するというやりかたでした。最近では、海外の旅行会社の方に実際の草津を体験してもらうファムトリップや、インフルエンサーを呼んでのPRがメインとなってきました。外国人のお客様の国別構成は、いちばん多いのが台湾、次に香港、中国、韓国の順です。
温泉街としては、飲食店の英語メニュー制作はもちろんのこと、各旅館、土産店、飲食店にクレジットカード決済の導入を勧めています。首都圏では当たり前かもしれませんが、草津町などではカードの決済手数料等がハードルとなって、すべての施設が導入しているわけではありません。とくに旅館の場合は、宿泊前の事前決済も可能になり、ノーショー(予約客が連絡もなく訪れないこと)対策にもなりますから。
旅館では、ベジタリアン対応を求められる機会も増えました。事前にわかっていればいいのですが、当日の対応は難しい。そこで4、5年前に飲食店組合にお願いして、ベジタリアンの方に食事を提供できる飲食店を探したところ、7店舗ほど手を挙げてくださり、非常に助かっています。そのうち半分はビーガン(完全採食主義者)にも対応してくれるんです。ハラル対応はこれからですが、ますます真剣に考えていかなくてはならないと感じています。
―――防災に関するインバウンド対策はどのようなことを行っていますか?
黒岩 以前から導入しておりました「指差し会話アプリ(情報センター出版局 制作)」を2017年11月頃にカスタマイズして、災害が起きた時に外国人のお客様に情報を伝える機能を追加しました。5カ国語の多言語対応で、「誤報があった時の説明」や「このスタッフについていってください」など誘導のアシストなど、その他に「今は停電中です」などの災害時用語も表示されたり、音声が流れたりします。幸いなことに、今回の噴火では使わずに住みましたが、たとえば夜中に何か起きた際に、夜警の方が会話できないことで惑う可能性が高く、それでは安全が担保できませんから。観光協会でも多言語対応には力を入れていて、公式サイトにチャットボットを導入し、5言語で対応できるようになっています。
また、JTB協定旅館ホテル連盟さんが制作・共有していただいた災害マニュアルは非常に参考になりました。今では各旅館、飲食店で活用しております。 また噴火の後、箱根の町長さんなどから大湧谷の火山活動の時に作った防災マニュアルなども共有していただきました。本当に参考になり、感謝しております。私たち草津でも、防災の対応や経験など各地域に共有できたらと思いますので、遠慮なくお声がけください。草津町としてはまだハザードマップの多言語化ができていないので、そこは早目に対応できたらと思っています。
――――ここまで防災対策を行っている町は日本全国でも少ないように感じます。安心・安全な町になった草津温泉。今、さまざまな場所で災害が起きております。災害を体験されて今、一番実感されていることはどのようなしょうか?
黒岩 一番実感していることは、災害を体験し、本当に周りの人から応援が励みになり、力になりました。お恥ずかしい話、噴火以前、他の地域で何か起こっても、そこまで自分ごととして実感していなかったことは事実です。でも今は違います。今では、その苦労が身に滲みてよく分かります。現在もさまざまな災害でたいへんな思いをしておられる方々がたくさんいるかと思います。心から本当に頑張ってほしいと願っております。
とくに、観光業は大きな打撃を受けていることでしょう。やはり現地に足を運んで観光することが一番の応援だと思っております。日本全国でそういう姿勢が生まれてくることを願っております。