北海道美唄市の地域おこし隊に外国人採用 「やさしい日本語」とセグメント集客で深みのあるインバウンドへ

 北海道の新千歳空港から車で約1時間30分、札幌駅から約1時間の場所にある美唄市。ここの経済観光課で2019年4月から地域おこし協力隊として働く、オーストラリア人のジェイムズ・マッキンタイアさん。美唄市を世界に広めるべく、日々奮闘している経済観光課の工藤賢さん。2人は連携しながら外国人と地元の人が「やさしい日本語」を使って交流できる場を模索している。一過性の外国人旅行者数を追いかけるインバウンドではなく、滞在型インバウンドという新しいスタイルで挑んでいる、その思いを聞いてみました。

EC-zine(2020/09/21)より

地元の人と日本語で話す長期滞在インバウンドを 北海道美唄市

――ジェイムズさんは美唄市市役所でどんなお仕事をされているんですか?

ジェイムズ 僕は地域おこし隊として、美唄にやってきた外国人と地域の人達が交流できるような環境作りを行っています。たとえば、駅の近くにあるホテルのロビーの一部を間借りして、パンフレットやモニターを置かせていただき、美唄市の観光情報を発信しています。そこに喫茶スペースのような場所があるため、地域の人たちと交流するようなことも行っています。

地域の人たちは、まだ外国人に慣れていないので、まずは僕とお話することで、外国人に慣れてもらえたらと。僕も美唄に来た当初感じたのですが、地元の人は外国人を見ると驚いてしまって、とてもじゃないけど会話はできません。また、以前は英語で話すというコンセプトで交流を行っていましたが、うまくいきませんでした。

そこで「やさしい日本語」(参考記事)での会話を取り入れるようにしました。その結果、地元の人たちも英語よりは壁がなくなり、外国人と話しやすい環境ができたかと思います。もちろん、外国人旅行者の母国語を使うのが一番良いのですが、なかなかそれは難しい。地元の人も外国人も、誰もがわかる簡単な「やさしい日本語」を使うほうが楽かもしれません。

僕が願っているのは、日本語を話すことそのものを“こと体験”にしたいということです。日本語を学んできた外国人が美唄市に来れば、自分がわかる日本語で話してくれるという体験をさせたいのです。すると母国に帰ってからも思い出になるし、美唄で人とのつながりができて、また遊びに来てくれるかもしれません。僕の外国人の友人たちもよく言っているのですが、日本語をテキストで学んでも話す機会がないんです。その悩みが、美唄に来れば解消できるかもしれません。

ある時、散歩をしていたら綺麗な夕焼けが出ていたので、近くにいたおばあさんに「きれいですね」って声をかけたんです。その流れでいろいろおしゃべりをしていると、僕の知り合いがそのおばあさんも知り合いだということがわかって。「その人は今、元気にしていますよ」と教えてあげたら、すごく喜んでくれました。簡単な日本語での会話でしたが、僕が話した日本語が役に立ったことがすごくうれしかったです。多くの外国人がこのような体験ができる環境を作ることができたらと思っています。

工藤 インバウンドの教育旅行に近いのですが、そこまでかたくない。たとえば、NHKの英会話講座には、簡単な英会話を繰り返してマスターしていくというものがありますよね。それの「やさしい日本語」バージョンで、外国人が「やさしい日本語」で会話ができる環境を作れたらいいなと思っています。もちろん、旅行目的でのインバウンドも受け入れたいですけれど、滞在して町の人と交流する外国人を増やしていきたい。そんなコミュニケーションができるところを、美唄市の強みにしていきたいと思っています。

今(取材時点)、地域おこし隊としてジェームズ君を含めて3名の外国人(台湾人、フランス人)が在籍しています。5年ほど前から外国人を採用し始めたのですが、私が知る限り、北海道の地域おこし隊で外国人を採用したのは美唄市が初めてだったのではないでしょうか。

渡り鳥マガンが飛び立つ美唄で、外国人の地域おこし隊として働く

――そもそもジェイムズ君はなぜ美唄市に来ることになったんですか?

ジェイムズ はじめて美唄に来たのは、2018年の9月です。まだ私は東海大学の学生で、加藤好崇教授とやさしい日本語を実践するためのスタッフとして訪れました。この時には、美唄に住むことになるなんて夢にも思いませんでした。その後、東京で就職は決まっていたのですが、いろいろ事情がありまして……。美唄で外国人スタッフを必要としているという情報を聞き、2019年3月に面接を受けて合格し、4月に美唄にきました。雪の生活への不安はありましたが、小さい頃、雪のクリスマスを映像で見ていたので、体験したいとも思っていました。ただ毎日のように雪景色を見ていると、やっぱり飽きますね(笑)。

工藤 テレビで見るのと実際にそこで生活するのとでは全然違いますから。先ほどから美唄という地名を出していますが、ご存じない方も多いので説明します。まず「美唄(びばい」という地名です。北海道の地名はアイヌ語が由来のものが多いのですが、アイヌの時代に近くの石狩川でカラス貝、ムール貝がよく獲れたらしいのです。そのカラス貝がよく獲れる町、アイヌ語でカラス貝は「ピ・パ」、多いが「オ・イ」、「ピパオイ」が濁って、「ビバイ」になった。そこに漢字をあてて、美しい唄のまち、「美唄(びばい)」という名前が完成したという由来です。美しい唄に惹かれて、アーティストの方がいらしてライブをやることもあります。

名所のひとつに「安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄」があります。安田侃さんは彫刻家で、札幌駅や六本木の東京ミッドタウンにも作品が設置されています。彼のポリシーで、人が自由に触れられるような作品作りをしています。美術館の庭園にも作品がたくさんあり、子どもたちが作品に登ったり、触れたりするこもできます。大理石を自分で彫る「こころを彫る授業」という事業も行っていて、安田侃さん自身が指導することもあります。この施設には以前、インセンティブツアーで5,000人ほど台湾の方が訪れたこともあります。もちろん、一度に5,000人は難しいため、分散していらっしゃいましたが。

もうひとつ、宮島沼という観光名所があります。渡り鳥のマガンがシベリアに往来する際の、最後の立ち寄り沼になっています。多い時で7万~8万羽のマガンがいるんです。全羽、住民登録してほしいくらいです(笑)。飛び立つ瞬間は、波動が伝わるので圧倒されます。写真家も多く訪れ、マガンの様子を撮影しています。

ジェイムズ 食べ物は、焼き鳥が名物です。元々、炭鉱の人たちが精をつけるために農家の鶏を食べたところから始まったようです。東京のネギマはネギを挟みますが、美唄では玉ねぎを挟みます。やきとり5本で鶏のすべてを食べられるお店があります。そこの鶏飯も非常においしいです。

地域より趣味嗜好でセグメント 一過性でないインバウンド集客

――今後の展望を教えてください。

工藤 現時点で、美唄市の高齢者率は40%を超えています。

ジェイムズ 若い人が少ないので、僕は非常にかわいがってもらっていますけど(笑)。ただもっと同世代ともお話ししたいです。

工藤 留学生を受け入れる施設も格安であります。観光の勉強をしている台湾の中華大学の学生を市が受け入れていますが、1ヶ月間滞在し、札幌や近郊に出向いたりスキーなどさまざまな体験をし、美唄市を知ってもらい、発信していただいています。実際、留学生がその後、美唄の地域おこし協力隊になってくれたこともありました。私は、数字を増やすという考えではなく、外国人旅行者に来てもらい、滞在して、人の温かさのようなものに触れてもらい、何度も来てもらえたらと思っています。そのためにも、まずは外国人の長期滞在者を増やすことです。1、2ヶ月滞在してもらって、ここを拠点に札幌、旭川、富良野などに行き、利便性を知ってもらえたらと思っています。今、ゲストハウスや古民家カフェなど、ゆったりと滞在するために必要なアイテムを増やそうと考えています。

インバウンドを考える際に、国をターゲットに考えることも大切でしょうが、私たちは「アート好きな外国人」「写真が好きな外国人」などのセグメントで集客を行っていきたいと思っています。心に自分の「楽しみ」を持った外国人に来ていただき、好きなだけ絵を描いてもらったり、好きなだけ音楽を楽しんでもらえればいいんじゃないでしょうか。もうひとつの「自分のいる場所」のようなイメージのまちになれたらと思います。そんなふうに滞在している外国人の方と地元のおばあちゃんが、「やさしい日本語」で会話をして、外国人の方が「今日はおばあちゃんから漬物もらったよ」とかをSNSで発信してくれたらうれしいですね。そういうことができるまちになれば、一過性の観光とは違った、より深みのあるインバウンドサービスになるかと思います。

ジェイムズ 僕自身もSNSでどんどん発信したいと思います。それと今、「やさしい日本語」のブログ「やさしい日本語びばいブログ」も始めました。 「やさしい日本語」をまだ知らない日本人もたくさんいます。このブログをきっかけに、「やさしい日本語」に興味を持った日本人と知り合いになりたいです。最終的には、美唄に来れば、やさしい日本語の情報がいっぱいあるという場所になりたいです。そうすれば、やさしい日本語に興味を持った方たちが、美唄にも遊びにきてくれるでしょうから。