瀬戸牛農園の代表・岩越正剛さんインタビュー

希少価値の高い野菜を化学肥料・農薬を使わず栽培している日本を代表する農家さん

北海道の西興部村(にしおこっぺむら)にある瀬戸牛農園では、日本ではまだ珍しい栄養価の高い野菜を多数育てています。
化学肥料、化学農薬は使わず、牛の糞尿を利用した肥料は堆肥を使った、循環型の農業を行っています。「野菜・人・自然」に優しいこだわりの農法に挑む瀬戸牛農園の代表・岩越正剛さんにお話を伺った。

―――まず初めに、なぜ瀬戸牛農園という名前なのですか?

岩越 これはよく聞かれるのですが、ここは北海道ですし、瀬戸内海とは全く関係はありません(笑)。簡単に言いますと、西興部の旧名称となります。
元々は、興部町七重という名称だったのですが、大正10年に駅名と同じ「瀬戸牛」という名前に改称し、その後、昭和20年頃に西興部に変更されと聞いています。
なぜ当時、「瀬戸牛」と付けたかというと、アイヌ語のセツウシナイ(巣・多い・川)がセトウシの語源となるそうです。農場を立ち上げの時に、先住民や開拓者に学び称え、アイヌ語の当時の名称を使いたいと思い、瀬戸牛農園としました。

―――それと野菜作りを始めるようになったきっかけを教えてください。

岩越 元々は郵便局で仕事をしていました。その時、自営業をされているお客さんに老後の話をした時に「私は生涯現役です」って言われまして。確かに自営業の方に定年退職がないことは、当たり前のことですけど深く実感しました。それと僕が40歳の頃に、ある方に「土地がほしいんだ」って言われたのです。どうしてと聞いたところ、「土地があればなんでもできる。家を建てることもビルを建てることもできるし、水田もできるし、野菜作りもできる」と。
自分も人生の半分過ぎたし、勤めるのも半分過ぎた、自分の残りの半分の人生の過ごし方を思い浮かべた時に「人が一番幸せに感じる時はいつかな」って考えたんです。お腹がすいた時に、美味しい物を食べた時が一番幸せじゃないかと思ったんです。幸いウチの親は元々農家をやっていたので、使っていない土地はありました。そこで野菜作り、1人でも2人でも美味しいって言ってくれる人がいたら嬉しいなと思って、野菜作りを始めたんです。

ちょうど10年前で46歳の時でした。子供には「お父さん、無職になったー」と(笑)。

実は野菜作りまでに辿り着くまでにいろいろ考えました。「アルパカでも飼おうかな」とか。さすがに家族からは「口があるものは止めて」と言われました。餌も毎日あげなきゃいけないし、そこを離れられないじゃないですか。野菜ならば、少しは目を離しても大丈夫かなと思いまして(笑)。ただ、ウチの子が小さい頃から無農薬というか有機野菜は、本格的にではなく家庭菜園で作っていたのですよ。子供に野菜の種蒔きの体験もさせたかったので。

これは野菜作りとは関係ないですけど、子供を育てる上でポリシーがありまして、「いろんな体験をさせる」「判断は子供に任せる」ということです。野菜の種蒔きもその体験の1つです。自分で作ったものを食べて生きていくということがどういうことかを知って、どう思うのか、自分で考えてほしかったのです。それと釣りも絶対に教えたかった。餌の命を奪って、魚を取って、魚の命まで奪って食べて自分は生きていくということも、自分なりに考えてほしかった。いただきます、ごちそうさまの言霊を理解してほしかったですね。

―――話は変わりますが、特に挫折することなく今までやってこられたんですか?

岩越 いやいや毎日挫折ですよ(笑)。それは冗談ですが、雨でやられた、雪にやられたというのは何回もあります。
一番の挫折は、野菜作りを始めたその年に、名寄の市場が破産しちゃいまして…。珍しく個人でも出せる市場だったので、「さぁ、大量に出荷するぞ」と思った時に…。結局、作った野菜はほとんど捨てることになってしまいました(涙)。

――――普通のスーパーでは売っていないような野菜を育ててますよね?

岩越 そうです。ステックセニョールという茎を食べるブロッコリーのような野菜。非常に栄養価が高いんです。ビタミンCは、レモンの2倍。カリウム、鉄、食物繊維などのミネラルも豊富。抗がん作用があると言われるサルフォラファンという成分がたっぷり含まれています。その他、キャンディーランタン(フルーツほおずき)は、βカロテンが多く含まれ、イノシトールも豊富に含まれ美容効果もあり、女性に好まれています。イノシトールは化粧品の成分としても使われています。

ヨーロッパ産の西洋ナスのロッサビアンコ、花オクラ、美容効果も高いバターナッツかぼちゃなどです。あまり聞いたことない野菜ばかりだと思いますが、実は栄養価が高く、非常に美味しく、色味も綺麗ですので、レストランなどでもお客さんに喜ばれます。

実はこのような珍しい野菜を作り始めたのには理由がありまして、王道のキャベツ、白菜、大根、ニンジンなどを作るのが、農業を始める時の定石ですが、もう流通市場ができあがっていて、そこに割って入るのは難しいんですよ。値段も上下が激しく安定しません。それならば、まだ知られていない栄養価の高い珍しい野菜を作って、それがブランド化されればと思っています。

―――化学肥料、化学農薬は使わない野菜を作る理由は?

岩越 結局、化学肥料を使うと何が起きるかですね。化学肥料を使うと、よく畑が痩せる、土が痩せると言われるんです。なぜかと思って調べてみると、土の根本的な物って、石粒なんですよ。ただそれだけだと砂と同じなので、その他に木質系の繊維質が混ざり合うことで土になっていく。化学肥料ばかり使うと、その繊維質が分解して無くなってしまうので、団粒化しなくなり、土が痩せると言われているんです。農園では化学肥料を使わないかわりに堆肥を使っています。牛の糞尿を微生物が発酵させることで分解して死骸となる、残っている繊維質が土をふかふかにして、分解されてできた肥料分と死骸のアミノ酸を植物が吸収します。それで美味しい野菜が育ちます。

とはいえ、化学肥料を使っている栽培が駄目と言うわけではないです。同じ規格の野菜を大量に生産しようとすると、化学肥料や化学農薬を使った方が、手間がかからず成長にムラが起きにくいですから。その方が規格外品は少ないので、ロスなく売ることができます。例えば、大きなキャベツ畑があるじゃないですか。そこには同じ大きさの綺麗なキャベツが並んでいると思います。これは全面に同じ量の肥料がきちんと入って、効果の高い農薬を用いるから出来るんです。堆肥の肥料ではムラが生じるので、大きさもまちまちに出来上がることがあるのと、生物農薬と言われる微生物や天敵を使った防除だと、病気や虫食いなど出荷できないものもいっぱい出来上がります。栽培管理が未熟なので、改善する工夫と努力が必要ですが。お客様が、形や虫食いなど気にせずに買ってくれるといいのですけどね(笑)。

ただ僕は工業的な野菜にはしたくないと思っています。化学肥料もそうですが、例えば、水耕栽培で窓のない部屋でLEDの電球をつけて栽培するようなことはしたくないんです。これはこれで天候に左右されないですし、病害虫も発生しないなどの利点もあります。だけど僕は自然の力で野菜を育てたいんです。少し過酷な環境で育った方が、植物は生きようとするので、本来の味が出てくると思っています。

―――今後の展望は?

岩越 一般的に大規模農家さんだと、沢山野菜を作って、市場に大量出荷してという形が多いですが、ウチは自分ひとりで作っているので、大量に作るのは無理です。先ほども話しましたが、それならば少量でもいいから珍しい野菜を作って、それが広まって、その野菜を求めて人が西興部村に来てくれれば、一番理想的なのかなと思っています。
一緒に会社を興した仲間が、酪農をやっていますので、珍しい野菜の収穫体験だけでなく、酪農体験もできます。それと、野生動物もいっぱいいるんですよ。ある人に言われたのですけど、野生動物が撮影できる場所を作って、提供するのもいいかなと。
この先、バイオマス発電の余剰熱を利用した加温栽培で、エディブルフラワー等も栽培したいと思っています。ここ、西興部村は観光スポットが少ないので、道の駅花夢という花畑でワイルドフラワーを見て、瀬戸牛農園で花と野菜を収穫して牧場で酪農体験をして、お腹を満たす。
訪れた人に、見る・触れる・嗅ぐ・聞く・味わうと五感にインスパイアする体験を提供していきたいです。さらに雄武、興部、滝上と同じように体験メニューを実施している所を巡る、滞在型体験ツアー等を企画していけたらと思っています。

将来的には宿泊施設も作りたいのですが、でっかすぎる夢ですかね(笑)。