「ハラール認証が目に入らぬか」ではお客様は来ない ハラール・ヴィーガン対応の失敗・成功3つのポイント

 2014年からハラール対応の企業を増やすことに全力を注いできたフードダイバーシティ株式会社 代表取締役 守護彰浩氏。今や東京、京都、大阪ではハラール対応は当たり前で、よりおいしいハラール食を求めるムスリムが増えているとか。数々の実績を上げてきた守護氏がハラール対応で成功するための秘訣を公開してくれた。

EC-zine(2020/04/20)より

大都市圏だけでなく、地方こそハラール対応が求められている

――インバウンド対応について関心のある日本の読者に、ハラール食の現状について教えてください。

守護 ムスリム(イスラム教徒)は16億人いると言われており、世界の4分1を占めていることを皆さん、ご存じですか? サウジアラビアやUAEなどの中東に多いイメージをお持ちの方も多いと思いますが、実は6割以上が東南アジアなんです。ムスリムは隣国である中国にも、日本にもいます。身近な宗教であることをぜひご理解ください。

 弊社が運営するハラール、ビーガンなどの情報を発信するサイト「food diversity today」のアクセスの7割が、インドネシア、マレーシア、シンガポールからです。それらの国々から、多くの人たちが日本に訪れています。ビザの緩和やLCCに加えて、「日本でハラールの和食が食べられる」という情報が多く発信されていることも一因ではと考えています。

 数年前と比較すると、東京・京都・大阪に関しては、「ハラール対応のお店を教えてください」ではなく、「ハラール対応のおいしいお店を教えてください」というお問い合わせが増えてきました。いわゆる「Can eat」のステージが終わり「Want to eat」の時代に入ったわけです。私はこれが健全な状態であると思っています。もう、単にハラール対応しているという理由だけで、ムスリムのお客様から選んでもらえなくなっていて、販売戦略が必要なのです。とくに弊社がある台東区はハラール飲食店の激戦区です。

フードダイバーシティ株式会社 代表取締役 守護彰浩氏

――フードダイバーシティでは、台東区とハラール取り組みをされたようですね。

守護 2015年にスタートしたプロジェクトで、丸5年経ちました。5年前はハラール対応をしているレストランはほとんどありませんでしたから、在住のムスリムの方たちは、自炊かインドカレー、ケバブなどしか選択肢がない状態でした。そこで台東区とともにハラールレストランを増やすための取り組みを始めたところ、当初は世界各地で起きるテロなどの影響もあり、各方面から反対や非難の声があったのは事実です。

 店舗の皆さんもあまり馴染みがない宗教ですから、はじめはなかなか受け入れていただけませんでした。ムスリムの方たちの協力を得て勉強会を開いたり、1店舗1店舗私たちが間に入ってわかりやすく説明をしたりと、少しずつ理解を深める努力を重ねました。それが実ってか、気づけば台東区には、ラーメン、焼き肉、寿司、日本料理、ジャパニーズカレーなどのハラール店舗がたくさんできていました。今では浅草エリアは、東南アジアの旅行会社さんから、観光できてハラール食も食べられる「1日楽しめる街」として認識されています。

――大都市圏はハラール対応レストランが増えているようですが、地方はどういう状況ですか?

守護 実は、まだまだハラール対応できていません。私は、地方こそハラール対応を強化すべきだと思い、連日講演に通っています。ただし、すでに地方にもハラールで成功した例はたくさんあります。

 たとえば、栃木県佐野市にある佐野ラーメン「日光軒」は、ハラールのラーメン、餃子が食べられることでムスリムの方たちの人気店になっています。もともと工場やモスクなどが多くあるエリアですから、在住のムスリムの方が多くいらっしゃいました。インド、バングラディッシュ、パキスタンなどで人気のスポーツ、クリケットの国際マッチを行うことができるスタジアムもあるほどです。そういった背景もあり、日光軒さんがハラール対応を始めると、たちまちムスリムの方たちの間で話題になりました。そのクチコミがどんどん広がり、インバウンドのお客様も訪れるようになったのです。

 日本人客も普段どおり来店しているのですが、ハラール対応をしていることも知らない方もいます。メニューの片隅に「ハラール対応メニューあります」と書いてある程度だからでしょう。飲食店の経営を考えるうえでは、ハラール食を求めるムスリム客も取りつつ、日本人客にも来ていただくことが重要だということも忘れないでください。

ハラールの壁を乗り越えたら、次は9億人いるベジタリアンに向かおう

――ハラール対応を始めたいレストランや宿泊施設は、どこから始めればよいのでしょうか。

守護 ハラール対応には次の3つしかないと思っています。①「今、提供している料理をハラール対応する」、②「ハラール料理を新しく作る」、③「既存メニュー+ハラール対応のお惣菜を取り寄せて提供する」です。たとえば、調理人さんがいない店舗なら③ですよね。レストランや宿泊施設は、一般的に②から取り組んでいるところが多いです。②から①に移行していく店舗さんも多くあります。

 数年経ち、ハラール対応にしっかりと取り組んだ店舗様の多くは、次にヴィーガン、ベジタリアン対応を始めます。ハラールの山を乗り越えると、それを求めていたお客様がいらっしゃることに気づけます。だから、次にベジタリアンの山を登り始めたとしても、こちらにもお客様がいることに確信が持てるからです。ベジタリアンに関して、日本語には「菜食主義者」と訳すため「サラダしか食べない人」と勘違いしている方が非常に多いのですが、私が講演を行う際は「肉と魚を食べない人です」と伝えています。ベジタリアン、ヴィーガンも世界で9億人います。とても大きな市場ですよね。

――ハラール対応で失敗するパターンも教えていただけますか?

守護 失敗パターンも大きくわけて3つあります。①「ハラールマークを出し過ぎる」パターンがありますが、お弁当を扱うロイヤル様の例をご紹介しましょう。旧パッケージ(写真上)はハラールマークが大きく掲載されわかりやすいのですが、ムスリム以外のお客様への訴求力が落ちてしまい、販売効率が低下しました。そこで新パッケージ(写真下)は、わかる人にはわかるように小さく表示し、ムスリム以外の方たちにも購入していただきやすくしました。情報はわかる人にだけ届けば良いということです。

 失敗パターン②は「ハラール認証機関やハラールコンサルタントの話を鵜呑みにし過ぎる」です。鵜呑みにしすぎると、簡単な話がニ次方程式、三次方程式になってゆき、その結果大きなコストがかかってしまい、売値が上がって割高になってしまいます。ムスリムの方たちが食べられないのは、「豚、アルコール、ハラール対応していないお肉」これだけです。すごくシンプルでしょう。

 失敗パターン③は、「企業様のうち担当者の方しかハラールに関する情報を持っていない」です。その人が辞めてしまうと、誰もハラールのことがわからなくなってしまいます。この3つのパターンに気をつけていただけると良いお取り組みができるのではと思います。

ハラールを広める活動の最終目的は日本における「多文化共生」

――そもそも守護さんが、ハラールを広めるビジネスを始めようと思ったきっかけとは?

守護 大学時代、会社員時代にムスリムの友達が多くいました。友人たちと一緒に外へ食事に出ようとすると、ハラール対応のお店が少なくインドカレーくらいしか選択肢がありませんでした。また、大学生の終わりから就職するまでの半年間で世界一周をしました。友人の母国に遊びに行くのが目的でしたが、その際にイスラム圏の人たちに本当に優しくしていただきました。当時の日本では、まだイスラム圏に対するイメージがそれほど芳しくないと感じたため、この壁を壊してやろうと2014年に起業しました。この壁が壊れれば、次はベジタリアンやヴィーガンなどの壁も壊せるのではと考えていました。 私たちの本当の目的は「多文化共生」なんです。

 そんな想いを掲げながらスタートした会社ですが、今では①セミナー・講演、②コンサルティング、③ハラール(ベジタリアン、ヴィビーガン)対応店MAP作成、④ハラール等の情報発信、この4つの柱でビジネスを行っています。④の情報発信からスタートした企業ですが、今では①セミナー・講演が非常に増えています。ただし、ハラールが広まれば自ずと①②の仕事は減っていくと考えていますから、あくまでも④の情報発信を主軸に考えています。

――これからハラールを始めようと思った企業やレストラン、宿泊施設にアドバイスをお願いします。

守護 「お店としてハラール認証を取らなければいけない」「厨房を分けなければいけない」などの話が出てきますが、必ずしもその必要はありません。もちろん、そこまで求めるムスリムのお客様がいるのは事実ですが、本当に一部の方たちです。そういったコアなお客様にまで来ていただくために、わざわざ「ハラール認証」「厨房分離」など行いますか?という話です。そこまでの投資を行ってしまうと、ビジネスとして成立させるのはかなり難しい思います。

 よく弊社には「ハラール認証を取ったのですが、どうやってお客様を呼べばいいですか?」というお問い合わせをいただきます。「ハラール認証が目に入らぬか」ではお客様は来ません。「ハラール認証はお客様を呼ぶための印籠ではありません。もちろん弊社としては取得することを否定しませんが、シャチハタの印鑑のようなものでそれ自体に効果があるわけではない」とお答えします。

 ハラールやヴィーガンを特別食だと思っていませんか? 私は、世界標準として取り組まなければならないと考えています。ムスリムの数は日本人の10倍以上の16億人、ベジタリアンは9億人です。こちらをベースにビジネスを行うほうが効率的ではないでしょうか。

 名古屋の煮込みうどんで老舗(創業97年)の山本屋さんは、ハラール、ヴィーガンに取り組んで圧倒的な実績を出しています。4代目のお父さんは「伝統を守る仕事」を行い、5代目の息子さんは「伝統を進化させる仕事」をしているとおっしゃっています。4代目のお父さんは「今は変えていくことが伝統のひとつだと思っています」とも言います。

 ただし、先ほども申し上げたとおり、ハラール、ヴィーガン対応したことで一般のお客様が来なくなっては意味がない。そこは研究し、努力を重ね、味は落とさずに対応していくようサポートしています。正しい方向に汗をかくことが今後は重要だと思っています。今後、外国人が在住にしろ、インバウンドにしろ減ることはありません。生き残るために世界標準の食事に取り組むのはごく当たり前ではないでしょうか。