世界中のアート作品を世界中の人々に販売するグローバルアートマーケットプレイス 「TRiCERA ART」。参加アーティスト80ケ国以上、約2,400人、出品作品数は1万7,000点以上。「創造力に国境はない」はないという理念の元、グローバルにビジネスを展開する株式会社TRiCERAの代表取締役・井口泰さんにアートEC事情についてお話を伺いました。
グローバルのアート市場は約7兆円。日本市場ではなく世界が主戦場!
ーーアートマーケットプレイスを始めるにあたって、アーティストからスムーズに作品を出品していただけましたか?
井口 「TRiCERA ART」を始める時点での登録アーティストはゼロ。「登録してください」とアーティストさんを口説くことからスタートしました。とにかく「自分の想い」と「ビジョン」を伝えるため、1人ひとりにアポイントを取り、ほぼ9割は自宅までお伺いさせてもらい、お話しを聞いていただきました。岐阜の山奥にいらっしゃる70歳くらいの陶芸作家さんのところにお伺いした際には、山奥の舗装されてない道を車で走っていたら、ベコっと車を傷付けてしまい……。無事、その作家さんも出品していただけたのでよかったです。
2019年3月にサイトをローンチしました。最初の1年間は日本のアーティストさんを説得し、その後、海外のアーティストさんにお声がけを始めました。
ーーそもそもアートの市場規模はどのくらいなんでしょう。
井口 グローバルのアート市場は、7兆円弱とめちゃくちゃ大きいんです。にもかかわらず、日本のアート市場はおよそ約3,000億円です。生きているアーティストに限定すると推定300億円。世界規模で考えると、日本のマーケットはかなり小さいです。たとえば、海外の先進国で「生きている作家で知っている人は?」と聞くと、すぐ出てきますが、日本人はほとんど出てこないと思います。日本人はアートというといまだに、ピカソやシャガールが好きだと言いますよね。
ーーなぜ日本ではアートが広がらなかったんでしょうか。
井口 一般的にアートはコマーシャルと紐づき大きくなっていくものです。日本はその結びつきがうまくいかず、スケールできなかったのでしょう。世界最大のギャラリーは年間1,000億円ぐらい売り上げていて、著名なサザビーズ、クリスティーズ両方のオークションが7,000億円の規模なんです。日本のアート分野は約30億円を超えるギャラリーがないと言われています。つまり、業界のリーダーが不在なんです。学術的側面やプレイヤーのリーダーはいますが、コマーシャルのほうで引っ張っていく企業がないんです。
これはあくまで私の持論ですが、アートが広がらなかった理由のひとつとして、日本の住居環境が大きく影響していると思っています。第二次世界大戦以前はアートは盛んだったそうで、当時の家の間取りを考えてみると理由がわかります。床の間には掛け軸、広い玄関には壺を飾ったりしていました。いわゆるアートですよね。
それが第二次世界大戦後、高度成長期に団地などができ、家が合理化されたことで、客間がなくなり玄関も狭くなりました。また、昔は家で寄合みたいなものがよく開かれていましたが、近所付き合いもなくなり、家に人が来なくなった。結果として、アートで飾る必要がなくなったんじゃないでしょうか。一方で、子どもが自分の部屋を持つようになり、好きなアニメや漫画のキャラクターの物を飾るようになり、サブカル文化が成長して行きました。日本はアートの代わりにサブカル文化が発展したと考えられます。
売上の6〜7割が海外比率 個別の国をターゲットにしない
ーーグローバルなマーケットプレイスですが、特別にターゲットとしている国はありますか?
井口 当社の理念として「創造力に国境なんてない」ということを謡っています。今、さまざまな業界でグローバライゼーションが起こっています。アートの世界においても、特別日本の作家や日本市場にこだわる必要はないんじゃないかと考えています。日本のアーティストの皆さんも、世界に販売するきっかけがあるならどんどん世界に販売したほうが良いと思います。
というのも、私も世界の広さを体感した経験があります。実は10歳から4年間、子役をやっていた経験があります。14歳の時には、NHKのドラマで大杉蓮さんとW主演をさせていただきました。しかしながら、主演ではあったものの、他の才能ある子役を目の当たりにして「これは勝てへん」って挫折したんです。
その後、子役を辞めて高校1年生の時にニュージーランドに留学しました。ある日、ホームステイ先のホームパーティで、ホストファミリーに紹介されたのが『ジュラシック・パーク』主演のサム・ニールでした。もう、ビックリしまして。僕は日本という限られた場所で挫折したことが恥ずかしくなってしまって……。ハリウッドで大成功したサム・ニールを目の前に話ができているという現実。自分のチャレンジは、もっと大きく考えてよかったんだと。すごく自分が小さく見えたし、外向きに考えることの重要さに気づかされました。人は気づかないうちに、どんどん内向きになってしまっています。もちろん、当社も一歩間違えばそうなり兼ねません。
取材で売上の海外比率を聞かれ、「6~7割です」と答えると驚かれます。日本企業としては高すぎるし、日本の作家の作品への海外ニーズがそれほど高いとは信じられないということでしょうか。しかし、日々当たり前のこととして、ベラルーシからアメリカにアートを運んだりインドから台湾に運んだりしています。
だから私は、「越境EC」という言葉はあまり使っていません。当社にとって、国内、海外という感覚がそもそもありませんから。どこか国の作品をアメリカ人、イギリス人、ブラジル人、どこの国の人が買っても良いじゃないですか。
ーーつまり「日本人アーティスト」や「日本市場」を意識してないということですね。
井口 「日本人のアーティストにポテンシャルはありますか?」という質問もよくされます。当社のグローバルアートマーケットプレイスにおける日本人の登録者は約700人程度で、全体の30%です。もちろん、登録者以上に日本人アーティストはいます。しかしながら、日本人アーティストが全員ポテンシャルがあるとは言えません。
それは「日本人のフレンチシェフはポテンシャルあるか?」と聞かれているのと同じなんです。日本人のフレンチシェフの中にもフランスで星を獲得するような人もいれば、そうでない人もいる。星を獲得したのは○○さんであり、その人の国籍が日本人であるということにすぎない。日本人のフレンチシェフがポテンシャルあるとは一概には言えないんですね。
少し話は変わりますが、「日本人らしい作品」という言葉もよく出てきます。先日、すごく和を感じる良い感じの作品があり、作家の名前を見たらウクライナの方でした(笑)。インドネシアの作家さんで、めちゃくちゃ日本のアニメっぽい作品を作る人もいます。
要するにこの情報社会において、何に影響を受けるかや個別の創造力に国境はないということなんです。次の世代ではもっと拍車がかかるでしょう。私の子どもがYouTubeを見る時に、日本の動画か世界の動画かといったことはとくに意識していませんし、実際に今好きなのは韓国人の小さい子どものユーチューバーの動画ですから。
NFT(Non Fungible Token)を使ったデジタルアート分野に進出
ーー今後の展開をお話しください。
井口 2021年5月下旬からNFT(Non Fungible Token:ノンファンジブル・トークン)の分野に乗り出します。デジタルアートを複製できない唯一無二なものと証明して、販売します。
皆さん、NFTはご存じですか? 知らない方はぜひGoogleで検索してみてください。今、これがめちゃくちゃ話題になっていて、第二のビットコインと言われています。簡単に言うと、デジタルアート作品の唯一無二性を証明する新しい仕組みです。NFTの何が良いって、アート作品を梱包しなくて良いんです(笑)。eコマース業者の一番の悩み、「梱包」の手間がなくなります。これは、あくまで冗談ですけれど(笑)。
「国境なんてない」と言っていますが、さらに言えば、年齢も性別も関係なく、リアルもバーチャルもない時代に入っています。OMO(Online Merges with Offline)という言葉があり、日本語では「オンラインとオフラインの融合」としていますが、OMOという言葉が出てくることがおかしいと思っています。リアルとバーチャルに「境」はないのが当たり前のことなんです。
すでに、唯一無二のデジタルアート作品の売買は始まっています。先日は、デジタルアート作家ビープルのマイク・ウインケルマン氏の作品が、NFTプラットフォームで75億で落札されました。わかりやすい例を挙げると、Twitter共同創業者兼CEOのジャック・ドーシー氏自身が過去に投稿した初めてのtweetをNFTで販売したところ、約2億円で売れました。つまり、デジタルなものならばアートでなくてもかまわないんです。こういう「境」のない時代は始まっています。皆さんも自分自身で「境」を作らず、外に目を向けるとさまざまなチャンスに気づくはずです。