「普通に塩辛も出してます」熱海の老舗・古屋旅館に聞く 本当に訪日客のためになるインバウンド対策とは

 一時期、“観光客減少”に陥っていた熱海が活気を取り戻しつつある。地元の若者達のさまざまな仕掛けにより、日本人観光客のみならず在住者も増えている。一方外国人集客に関しては、ようやくスタートラインに立ってきた様子。その熱海で、2008年から外国人集客に取り組む創業1806年の古屋旅館・代表取締役社長の内田宗一郎氏に「インバウンド対策」について聞いてみた。

EC-zine(2018/07/04)より

外国人対策として、旅館ではめずらしく
6言語の多言語サイトを制作

創業1806年の古屋旅館・代表取締役社長の内田宗一郎さん

――古屋旅館様、熱海温泉のインバウンドの現状を教えていただけますか?

内田 当館は、気づけば毎日のように外国人客が訪れるようになりました。外国人のお客様は、平日に宿泊される方が多いので非常に収益性が高く、助かっています。国別でいうと、香港を含めた中国の方が多いです。その他だと韓国、アメリカ、カナダが上位でしょうか。

熱海の旅館の中では、FIT(外国人個人旅行者)向け集客ではがんばっているほうだと思いますよ。当館の多言語サイトに関しても英語、簡体字、繁体字、韓国語、タイ語、フランス語と6言語制作し、対応しております。日本全国を見ても、ここまで多言語サイトを持っている旅館も少ないのではないいでしょうか。

これだけ多言語サイトを作った理由としては、売上向上はもちろんですが、外国人の方が公式サイトに訪れた時に、これだけの多言語サイトを見たら、「外国人がたくさん訪れる旅館なんだな」と安心感を持っていただけると思いますので。

熱海エリアのインバウンドの現状としては、まだまだもっとがんばる必要があると思います。正直、日本人客で潤っている宿泊施設さんが多いので、そこまで積極的になれないのは仕方ないことなんですが。2年前に熱海観光協会の外国語サイト(英語・繁体字)も外国人目線に立った作りにしました。

今後は外国語サイトのプロモーションに力を入れていけたら、外国人客ももっと増えるのではないでしょうか。実際、東京から新幹線で約50分で行ける温泉地ですし、ロケーション的には最高だと思うので。

――古屋旅館様はいつ頃から外国人受け入れを始めたんですか?

内田 2008年頃だったと思います。その当時とくに対策はしていなかったのですが、外国人のお客様がぱらぱら泊まりに来るようになって。トリップアドバイザーの評価もすごくよかったんです。なぜか外国人のお客様はいつも満点を付けてくれて。それで「外国人集客」を積極的に始めてみようということになりました。

ただ2008年は、今と違って日本に訪れる外国人が1,000万人に満たなかった頃で、しかもOTA(ネット専業旅行代理店)も、JTBが運営していた「ジャパニカン」くらいしか販売ルートがありませんでした。だからなかなか、そこまでの結果が出ませんでしたね。で、2011年くらいだったか震災の後でしたけど、未来への投資と思い、多言語サイトを専門の業者さんにお願いして作り始めました。今思えば、目先の利益ではなく先行投資としては成功だったんじゃないでしょうか。

“アナログ”と“デジタル”の融合で外国人クレームはなし

――外国人を受け入れ始めると、スタッフの皆さんが「対応がたいへん」と反対する施設が多いようです。そのようなスタッフさんからの不満はなかったのですか?

内田 スタッフが困らないように、とにかくお部屋内などに外国語の注意書きを置くようにしました。そういうフォローはしていましたので、とくに不満は出てきませんでした。例えば、「露天風呂付き客室の使用方法」を作ってみたり。露天風呂の使いかたで一番困るのは、源泉を貯めているタンクにも容量があるので、わーっと温泉を出されてしまうと、温泉がなくなってしまうので。そういう注意書きを英語でご案内しました。

それと、畳の上にタオルを置いてしまう外国人のお客様が多いので、「当館の畳は、貴重になりつつある国産の天然たたみです。1枚1枚に職人さんのココロがこもっています。畳の上に濡れたタオルを置くと色うつりの原因になります」などの注意書きを、英語と日本語でお部屋に置いたりしています。

こういうアナログな対応の一方、デジタルの対応としては、タブレットを使った「テレビde通訳」というサービスも利用しています。これは、タブレットから外国語対応ができるオペレーターと会話ができるサービスです。ほとんど使うことはないのですが、緊急時の保険として契約しています。使用例としては、以前、イタリア人が宿泊した時に、「自分が予約した部屋と違う」と言われてしまって。さすがにそういう複雑な交渉対応は難しかったので、「テレビde通訳」で解決してもらいました。結局はそのお客様の勘違いだったんですけど(笑)。

加えて、無料通話スマートフォン「handy」を各お部屋に置かせていただいています。データを見るとほとんどの外国人のお客様がログインしているので、使用頻度は高いんじゃないでしょうか。

こういうアナログとデジタルを融合させながら当館では外国人受け入れ対策をしているのですが、ほとんど外国人のお客様からクレームが出たことはありません。最近、英語ができるスタッフを2名雇用しましたが、あるレビューに「非常に対応がよくジェントルマンのスタッフがいた」と書かれていたんです。それはおそらく、英語がしゃべれるスタッフのことだと思います。ですので、多少でも英語がしゃべれるスタッフがいると施設のレビューも上がるのではないでしょうか。

熱海が+αの温泉地になるように海外へアピール

――なるほど。英語対応ひとつでレビュー評価も変わってくるんですね。今やレビュー評価で施設の売上がガラッと変わってくると言われます。何か外国人客に向けたレビュー対策を教えてください。

内田 先日、こんなレビューを書かれてしまったんですよ。「畳の上での食事は足が痛くなった」と。実は当館ではお部屋食の場合、事前に言っていただければテーブルセッティングにも変更できるんです。それを伝えるツールがなかったもので。すぐに英語翻訳して知らせるツールを作り、ウエブサイトにもアップしました。実はこういう小さな対策が大きな成果を生むと信じています。

それから、海の近くの旅館なもので、海が見えると思って訪れる外国人客が多かったんですけど、実際、来て海が見えないとレビュー評価が低いことがあったので、今でははっきりと、Booking.comなどにも「海は見えません!」と書いています。

そう言えば、先日、カナダのお客様のクチコミで「お食事を食べるためにだけにでも再訪してもいい」と書かれて、スタッフ一同喜びました。だからといって外国人に向けにお料理をアレンジしているかと言えば、一切アレンジはしておりません。日本人とまったく同じお料理です。それこそ、塩辛とかも普通に出していますし(笑)。おそらく毎月、懐石メニューの英語翻訳を行い、お客様に提示しているので、そのへんの効果もあるんじゃないかと思います。実際、よくわからない甘い練り物を食べるよりも、どんな食材が使われているかがわかって食べるのとでは、味が全然違うと思いますし。

外国人の方は日本の旅館に泊まってわからないことだらけなので、そこをサポートするツールがあれば自ずとレビューでは高評価を得ることができると思いますよ。

――古屋旅館様、熱海エリアも含め今後のインバウンドの方向性は?

内田 熱海に関していうと、日本人が年間300万人訪れているのに対し、まだ年間10万人前後の外国人しか来ておりません。もっと訪れてもらえるポテンシャルはあると思っています。外国人にとって新幹線はレジャーです。その新幹線に1時間弱乗れて、海と温泉があるエリアは熱海だけですから。東京を観光する+αの温泉地となれたらと思っています。

現在、町の飲食店マップも多言語などで作っていますし、そのあたりの対応もできています。ただそれは外国人の方が来てからの対策ですので、もっと海外や日本在住の外国人に向けてアピールしなければいけないと思っています。熱海全体の取り組みはもちろんですが、今すぐにできることと言ったら、私たちのような旅館1軒1軒が世界に向けてアピールすることも大切だと思っています。微力ではありますが、当館のFacebookでは毎週、英語で熱海の観光情報を更新させていただいております。

そういう努力で外国人の方に熱海に訪れてもらい、「海が綺麗」とか「温泉が気持ちいい」とか思ってくれれば、口コミで広がっていくと思っております。そう言えば、1年前に泊まっていただいた……おそらく日本在住の方だと思うのですが、中国のお客様が、知り合いを連れてリピートしてくれました。これは非常に嬉しかった。リピートしてくれる外国人のお客様も出始めていますので、古屋旅館としては、「アナログ」と「デジタル」をうまく融合させながらインバウンド対策を行っていこうと思っています。(了)