インバウンド集客は海外より国内で、のワケは? 50周年を迎える在住外国人向けメディア運営元に聞く

今年50周年を迎える英字ライフスタイルメディア「Tokyo Weekender」や、日本ならではの商品・サービスに賞を授与する「OMOTENASHI Selection」を運営するENGAWA。外国人視点からのマーケティングを得意とし、「10ヵ国以上いる外国人スタッフが強み」と語る代表取締役社長の牛山隆信氏。その牛山氏に日本の企業が世界の人々を取り込む秘訣について聞いてみた。

EC-zine(2020/05/27)より

外より中から!在住外国人は訪日外国人にとってのコンシェルジェ

――今年50周年を迎えるフリーマガジン「Tokyo Weekender」は、ENGAWAさんが創刊当初から制作されているんですか?

牛山 弊社が事業を引き継いだのは2015年からです。Tokyo Weekenderについてまだまだ知らない方もいると思いますので少し説明させていただきます。

 Tokyo Weekenderは、1970年に日本在留のジャーナリストによって、日本に住む外国人のために作られた英字のライフスタイルマガジンです。当時はまだ英語で日本について発信するメディアが少なく、在住外国人の方々は、英語で書かれた日本の生活情報をとても必要としていたんです。月1回、2万部発行で、東京都内300ヵ所の外国人が訪れるホテル、レストラン、観光案内所、空港などに置かせていただいています。

 東京に住んでいる外国人には認知度が高く、読者層としては、在住しているビジネスリーダーや富裕層の外国人が多いです。例えば、駐在の会社役員の方や東京にある大使館関係の方とか。昨今では在住外国人だけでなく、インバウンド客の閲覧も増えてきています。もちろん紙媒体だけではなく、Tokyo Weekenderウェブ版もあります。

 日本の旅やイベント情報などインバウンドに特化した情報だけではなく、東京・日本のライフスタイル(ファッションや文化、人物など)情報をより深く発掘し、外国人スタッフの目線でお届けしています。

ENGAWA株式会社 代表取締役社長 牛山隆信氏

――在住外国人の会員組織もあるとお聞きしました。

牛山 Tokyo Weekender独自の会員コミュニティ「Insiders Club」という組織があります。これはほぼ東京在住の2,000名の外国人が会員です。クリスマスパーティなど定期的にイベントを行ったり、Tokyo Weekenderからお得な情報を添えたメールマガジンを送ったりしています。

 在住外国人にアプローチしたい企業様には、会員に新商品を品評してもらったり、新しいお店に来ていただくような活動も行っています。外国人自身の生の声をリサーチしたい場合にはとても有効だと思います。

 外国人にプロモーションする上で、海外にいる方に直接アプローチすることももちろん有効ですが、日本に対してロイヤリティの高い在住外国人にアプローチし、その人たちに推奨してもらうことも、信頼性が高い情報として受け取ってもらう上では非常に重要なアプローチだと考えます。

――インバウンド客を集客したい場合も、在住外国人にアプローチすることが有効なのですか?

牛山 弊社の外国人スタッフもよく申していますが、「親や友達、友達の知り合いが日本に遊びに来た時はほぼガイドさんだ」と。つまり日本に訪れる外国人にとっては、在住外国人はコンシェルジェ状態なわけです。今はSNSで情報を得る外国人も多いですから、日本在住の外国人の方のSNSで紹介されているレストランやホテルなどの情報は非常に重要視されています。

 それではその在住外国人はどうやって情報を得ているかというと、friend to friendで情報交換をしていることが非常に多いです。僕らがメインターゲットとしている東京に住む外国人は、割と狭いコミュニティなのです。つまり漠然と海外へアプローチするよりも、在住外国人から発せられる情報が、インバウンドのお客様にとっても信頼性が高く影響力のある情報であるということになります。私たちも海外旅行をする際、現地の友達とかに情報得たりしますよね? それと同じということです。

――なるほど、確かにそうですね。Tokyo Weekenderさんは東京を拠点に発行されていますが、他のエリアのものはないのですか?

牛山 定期誌ではないのですが、関西エリアと九州エリア版を作った実績もあります。これだけインバウンドが活況になってくると、都道府県やDMO、市区町村単位でのご依頼も多数いただきます。九州版のKyushu Weekenderは旅行をメインテーマに制作しましたが、弊社の外国人スタッフが実際に現地に行き、彼らの目線で発見した世界に通用する地域の魅力を記事にしたものが掲載されています。

――やはり外国人目線で作るという点を重要視しているのですか?

牛山 弊社の強みのひとつは「人」の部分だと考えています。弊社には、アメリカ、イギリス、オーストラリア、フランス、中国、台湾、タイ等、10ヵ国以上の外国人スタッフがいます。マーケターやデザイナー、ライター、エディターといったプロフェッショナルです。外国人に向けたマーケティングを行う際には、外国語ができる・できないの話ではなく、そもそもの価値観、文化、宗教などバックグラウンドが違うことを考慮しなくてはなりません。日本の魅力を外国の方に伝えるには、各国、各人に最適なコンテンツを適切な作法で伝えていくことが重要だと思っております。そうなるとより多様なプロフェッショナルな人財がいることは大きなアドバンテージだと感じています。

日本ならではの優れた魅力を持つ商品を表彰し、販促支援「おもてなしセレクション」

――御社の「OMOTENASHI Selection」事業について詳しく教えてください。

牛山 2015年から「OMOTENASHI Selection-おもてなしセレクション-」という20を超える民間企業のパートナーにより構成されるアワードを運営しています。日本ならではの優れた魅力を持つ商品・サービスに賞を授与し、これまで500を超える対象を発表してきました。

 この取り組みは「受賞して終わり」ではなく、年間を通じた広報・販路開拓の支援を行う育成型のプログラムです。パートナー企業には国内外の流通企業も多数参画し、自社のマーチャンダイジングではなかなか手の届かない、地域に隠れた、また新しく生まれた商品を知っていただくことで、受賞者・流通双方にとってのビジネス機会を拡大し、日本文化と経済創出の一助となることを目指しています。

 「これまでB2Bの卸業を営んできたけれど、BtoC向けに自社の商品開発をし、販路を広げたい」であるとか、「インバウンドの増加や東京オリンピックの開催をきっかけに、商品を外国人の方々対して、世界に向けて販売したい」といったお考えをお持ちの企業様に多数ご応募いただいています。

――これまでどのような商品が受賞したのでしょうか。

牛山 5年間に、567件が認定されています。たとえば、150年以上の歴史を持つ有田焼の窯元である徳永陶磁器さんは、新たな自社商品として開発された、鯛、鶴、亀など縁起の良いイラストを入れた「言祝ぐ器(ことほぐうつわ)」で受賞されました。有田焼の伝統の技に、若手クリエイターのデザインアレンジをうまく融合させた点が高い評価を得ました。

もうひとつ、地域の資源を利用した商品をご紹介します。「下呂膏物語なごみしーと」は日本の貼り薬ルーツである下呂温泉の伝統薬【下呂膏】の製法に国産ラベンダーやカモミールといった香りのオイルを使用し、日常で使えるアロマシートとして生まれ変わった商品です。この日本の温泉由来の商品が、中国、台湾の女性にも評価が高かったことは、新しい可能性を感じる出来事でした。

――やはり、日本に昔からある伝統的なものを残すということがキーワードになるのでしょうか。

牛山 よくそのように勘違いされるのですが、OMOTENASHI Selectionは、伝統があることを基準とした「古き良きものを表彰しよう」という取り組みではありません。日本らしい、伝統、文化、技術、地域、素材といった独自の価値を強みとして、現代の、そして世界の消費者の生活を豊かにする優れた商品を広く対象としています。

 実際に受賞商品の中で「360do BRUSH」という商品があります。歯ブラシの製造が盛んな大阪の企業が開発したものです。「360度毛がついた歯ブラシ」という発想がとても面白いですし、単なる思い付きではなく、磨く際に効率が良いという機能面を備え、使い手の歯磨き体験を楽しく豊かにする商品となっていることは「伝統」という観点だけではない評価を得ています。

 OMOTENASHI Selectionでは、日本在住の外国人選定員の審査プロセスが特徴のひとつです。メディア関係者や貿易関係のスペシャリストなど、 15ヵ国30名程度の外国人のプロが参加しています。その人たちがさまざまな意見やアドバイスを出してくださるので、そのコメントを企業様にもフィードバックとして差し上げています。海外に向けたマーケティング調査に、とても有益な情報になるという声をいただいています。

地域にある「日本のいいモノ」を世界の人たちに伝えたい

――そもそも牛山さんがこのビジネスを始めることになったきっかけを教えてください。

牛山 私は美大に通っていたのですが、大学時代にイギリスの大学を訪問する機会がありました。世界的なデザイナーを多数輩出したセントラル・セント・マーチンズやロイヤル・カレッジ・オブ・アートという美術学校に行き、教授やそこに通う学生と話をしたんです。その時に「日本はどんなところだ」「日本の文化、いいモノを教えてくれ」と聞かれても、本質的なことがまったく答えられず「自分は日本のことを何も知らない」ことに気づかされました。

 その後、ウェブ制作会社、PR会社を経て、今後のステップを考えた時に、新しい社会課題に向き合った事業に取り組みたいと思ったんです。2015年に起業したのですが、「インバウンド人口も増え、世界中の人たちが今まで以上に日本に興味を持っている。しかし、日本にある“いいモノ = 魅力ある日本の対象“はまだまだ知られていない」このギャップを埋めるチャレンジをしたいという思いからこのビジネスをはじめました。

 実は、OMOTENASHI Selectionもスタートした当初は応募してくださる企業様集めで本当に苦労しました。300件くらい電話をして、秋田の企業さんの元を訪れ、一緒にお酒を飲み、お風呂に入り、ようやく信用してもらい、応募していただけたり(笑)。今では良い思い出です。

――今後のビジョンを教えてください。

牛山 外国人の方々に向けて「幅広い日本の魅力が当たり前の情報として当たり前に届けられるように」していきたいです。地域の商品はもちろん、直近では、Tokyo Weekenderのウェブサイトでは毎日、コロナ関連の記事を更新し、情報提供を行っています。生活インフラにかかわる情報は、在住外国人にとっても重要ですから。現時点は東京を起点とした情報ですが、今後は他の地域でも細やかな情報を即時に提供できるデジタルプラットフォームを構築できればと考えています。

 インバウンドビジネスは、日本が外貨を稼げるビジネス、つまり輸出産業であり、近年、非常に高い成長率で伸びてきました。国内人口が減少し消費が低調になることが予想される中、インバウンド市場は今後の日本にとって経済成長のために欠かせない最重要なビジネスのひとつとなっています。

 そうした成長著しい状況下で、情報発信から購買、体験といった一連の顧客体験価値を高め、消費を起こし続けるために高度なマーケティング・コミュニケーションが必要だと考えます。それを実行し支援できる会社として弊社が選ばれるようになることが大切だと思っています。